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コラムShall we ダンス?(邦画)

第1話Shall we ダンス?(邦画)

2018/12/25

1. あらすじ


真面目でごく普通のサラリーマン杉山正平は、ある晩、ダンス教室の窓辺にもの憂げにたたずむ美しい女性を通勤電車から見た。家庭にも会社にも何の不満もなかったが、どこか空しさを感じていた彼が、数日後、ためらいながらもダンス教室の扉を開くと、そこには「社交ダンス」の摩訶不思議な世界が広がっていた…。観客動員200万人、その年の映画賞を総ナメにし、超一流のエンタテインメントとして邦画界を席捲したハートフルコメディの傑作。

©️1995 KADOKAWA 日本テレビ 博報堂DYメディアパートナーズ 日販(Amazonより引用)

 

2. 今尚色褪せない社交ダンスの魅力を余すところなく伝える名作


役所広司演じる主人公は『真面目すぎる』サラリーマンの杉山正平。妻と娘が一人で夫婦仲は良好。最近、庭付きのマイホームを購入……と順風満帆ではありますが平凡な生活に少し物足りなさを感じています。

そんな杉山がダンスに出会ったのは、草刈民代演じる美人講師の岸川舞が、窓辺で佇んでいる姿に心惹かれたからです。

舞は子どもの頃からダンス一筋で、イギリスのブラックプールで行われる世界的なダンス大会で好成績を残せるほどの実力の持ち主。今はカップルを解消し、ダンス教師としてのみ踊っており、鬱屈した思いを抱えています。杉山が自分目当てでダンス教室に来たことを察知しており、ダンス一筋の舞には、不純な動機の杉山を快く思えません。きつい言葉を杉山にぶつけてしまいますが、意地になった杉山が次第に本気でダンスに夢中になっていきます。

竹中直人が演じる青木や、渡辺えり子演じる高橋豊子をはじめとする豪華な脇役陣に囲まれ、杉山がダンスに夢中になっていく様は、まさに社交ダンスの魅力に虜になっていくリアルな愛好家そのもの。最終的には、杉山の妻(原日出子)に雇われた探偵役の柄本明演じる三輪役までが、杉山を調査しているうちに社交ダンスにハマり、部下に競技界のなんたるかを説明するまでになるところに小技が効いています。

ただダンスが上達していくだけではなく、杉山と舞は社交ダンスや周囲の人とのふれあいを通して変わっていきます。教室に通う生徒たちは、みんなそれぞれコンプレックスや事情を抱えてダンスに関わっていました。

汗っかきで太っちょの田中(田口浩正)は豊子と踊るうちに「気持ちが悪い」と罵られ、「僕、気持ち悪いですか?」と泣きじゃくる。泣きながらも田中に、「それでもダンスが楽しかったし、ダンスなら自分が変わることができると思った」と言わせたのは、舞が当初言う所の「こんな場末のダンス教室」にも真剣にその人なりにダンスを愛してやまない人がいることを、舞に思い知らせたことでしょう。その田中を罵った豊子でさえ、みんなが思うような小金持ちの有閑マダムなどではなく、亡き夫との思い出を拠り所に、働き詰めに働いてようやくダンスを続けている愛情深い人でした。

そんな豊子の本当の姿を知った青木も、彼女と出場した競技会の会場でかつらを脱ぎ捨て、本当の自分のダンスで勝負します。

何より、窓から見える駅のホームでステップを踏み、競技会出場のために真剣に取り組む杉山を見て、舞は忘れていたダンスへの情熱を取り戻していきます。舞は競技会のフロアで豊子を全力で守ろうとした杉山の姿に、かつての自分がどれほど傲慢で、パートナーを裏切り続けていたのかを思い知るのです。社交ダンスはペアダンスという特性上、何よりもパートナーシップが大事なのだという、強いメッセージを伝えてきます。

杉山も一度はダンスをやめようとしますが、自分の人生を彩ってくれるダンスから離れられなくなっていました。パートナーシップの大切さに気づけたからこそ、妻や子どもの理解を得ることができ、日常の家族の絆に再び向き合うことができたました。妻に「寂しい思いをさせて悪かった」と伝えて庭で一緒に踊るシーンは、映画がここで終わっても良かったのではないかと思うほどです。その上で、渡英する舞を見送るために開かれたパーティーの席で、「Shall we ダンス?」と舞が杉山を誘うシーンで、映画は最高のエンディングを迎えます。

 

3. 社交ダンスが市民権を得た


社交ダンスの教室は長らく、風俗営業法の元で経営されていたという歴史があります。映画が公開された1990年代後半では、「なんだかよくわからないけどいかがわしい世界」という風潮もまだまだ根強かったのです。

社交ダンス業界は、我々のダンスは「ダンススポーツ」である、「競技性の強い健全なものである」という方向にイメージの変革を図っていました。

それは竹中直人演じる青木が「ダンスなんかやっているのがバレたら変態扱いですよ」と、会社ではダンスをしていることにひた隠しにし、杉山にも固く口止めしているところにも表れています。競技会に出場した新聞記事を会社の人に見られ、案の定「あのハゲが社交ダンス?いやらしいわね」と揶揄されます。「社交ダンスのどこがいけない!」と青木を庇っていつになく声を荒らげる杉山の叫びは、社交ダンスに携わる人々の叫びでもありました。

この映画は社交ダンスの競技性という健全さを取り扱ってくれたとともに、それ以上に「ダンスはただ楽しいもので、人が夢中になるに値するもの」という点も訴求しています。

杉山が通うダンス教室の天使のように優しいたまこ先生は、パーティーでステップを復習したいという杉山に「ダンスはステップじゃないわ。音楽を体で感じて、楽しく踊ればそれでいいの」と語りかけます。

本作の人気を受け、かつて日本では「時代遅れ」「何か怪しげ」と思われがちであった社交ダンスが見直され、社交ダンスブームを巻き起こしたと言われています。また、Shall we ダンス?は社交ダンスの代名詞ともなり、テレビ番組ではこの語句を冠した様々な社交ダンス企画・番組が派生しました。現在でも金スマなどのテレビ番組に社交ダンスを取り上げてもらえるようになった、礎とも言える作品になっています。

 

4. 製作裏話


Shall we ダンス?では、出演するキャストのみならず、製作陣も概ねみなさんダンスを習いに行ったのだそうです。そこで驚かされたのは、杉山役の役所広司さんの上達の速さだったとか。

映画の序盤、杉山がマンボに四苦八苦するシーンがあるのですが、その頃には撮影とともにダンスの練習もある程度進み、役所さんはマンボを完璧にマスター。初心者の雰囲気が出せず、帰って困った状況に陥ったとか。

そこで、あまりまだ上達していないスタッフが「下手くそなマンボなら任せろ!」とばかりに踊って見せ……その動きをコピーすることで、序盤のシーンが成り立ったのだそうです。スタッフとしては、嬉しいような悲しいような複雑な心境だったとか。

それぞれのシーンで、その段階にあったダンスを踊りわけられる役者さんのスキルの高さには驚かされますね。こちらのエピソードは、映画上映の際のパンフレットに記載されています。

また、舞役の草刈民代さんは牧阿佐美バレエ団を拠点としていた、世界的なバレリーナ。撮影当時、演技や社交ダンスに不慣れな部分もありましたが、彼女の美しいダンスなしにこの映画は成立しなかったでしょう。この映画の撮影後、1996年に草刈民代さんと周防正行監督が結婚しています。この映画は草刈民代さんがバレリーナを引退後、女優へ転身していくきっかけにもなりました。

 

5. 実はこんなプロ選手も登場している!


実は社交ダンス業界として同映画に全面協力しており、こんなプロ選手達も登場しています。

田中英和
英国人のAdele Preston-Tanaka(アデール・プレストン)と1997年2月カップル結成。直後の全英選手権で日本人初のボールルーム第3位入賞を果たす。同年の日本国内の主要大会をすべて制覇、現役選手最高位のSA級の名誉級を得る。

海外での活躍も目覚しく、1997年10月ロンドンインターナショナル選手権5位、翌1998年1月UK選手権5位、5月全英選手権第5位入賞を最後に、現役選手を引退。武道館のフロアにおいて、ヒーローインタビューでアデールさんとの結婚を報告したのは、今でも社交ダンス界の伝説。

Shall We ダンス?では草刈民代さんの元リーダー役として出演。

現在はタナカヒデカズ・ダンスワールドを主催し、後進の育成に当たっています。

池村太郎
JBDFスタンダード元A級。奥様の児玉麻里子もJBDFラテンアメリカン元A級(グランド・ファイナリスト)。
現役を引退後、池村ダンススクールを経営。

Shall We ダンス?では渡辺えり子さんの先生役として出演しています。

登場人物が全員幸せになり、見終わった後にほっこり優しい気持ちになれる映画。社交ダンス愛好家なら、ぜひ折に触れて見返したい作品です!

 

題字イラスト/月城マリ