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コラム即興ワルツ 青遼競技ダンス部の軌跡

第15話即興ワルツ 青遼競技ダンス部の軌跡

2019/07/25

 

あらすじ


 



 

ある事情から人との関わりを避けてきた成島拓海は、何故か同大学の橋本秋帆から付きまとわれるようになる。巧みな包囲に流されて、辿り着いた先は競技ダンス部。そして彼女は挫折と不屈のエリートダンサーで……!?
©富士見L文庫 著者:佐々原 史緒(著),くじょう(イラスト)

 

実は『ラノベ』にもあった社交ダンス!


 

ライトノベルというのは日本独特のジャンルで、和製英語です。その前身となる小説が登場したのは1970年代、『ライトノベル』という言葉が明確に使われるようになったのが1990年代と言われています。2000年代に入りいわゆるオタクブームが巻き起こり、以降、年間150〜200以上の作品が世に送り出されています。

ライトノベルという言葉の定義に明確なものはありませんが、lightとnovelを組み合わせた名前の通り、読みやすい小説と理解しておけばざっくり間違いではないかと思います。

ライトノベルはファンタジー、SF、ミステリ、ラブコメなどのジャンルを多く扱い、10〜20代の読者層をメインターゲットにします。平易な文体を選ぶ傾向にあり、近年では海外の読者が日本語の勉強のために好んで手に取るという話もよく聞かれます。

だからと言って一般的な小説に比べて文章力に大きな差があるというわけでもなく、ラノベ作家として活躍していた桜庭一樹さんが2008年に『私の男』で直木賞を受賞したことでも有名です。一般小説の方が、ラノベのような可愛らしかったりデザイン性が高かったりする表紙を採用するようにもなっており、どんどんラノベと普通の小説の境目がなくなってきています。

そんなラノベの中にも、社交ダンスをテーマに扱ったものがいくつか出版されていました。その一つが今回取り上げる『即興ワルツ』です。

 

綿密な取材に基づき学連が舞台


 

主人公の成島拓海は剣道の経験者で、何故か同大学の橋本秋帆に付きまとわれて、夏までという期間限定の約束で競技ダンス部に足を踏み入れます。秋帆の方は、ジュニアからのダンス経験者で、カップルバランスが悪いという理由でかつてのリーダー四条に捨てられてしまった過去の持ち主。大学の競技ダンス部で背が高いリーダーを探そうと、拓海に目をつけたというわけです。

他のジャンルから社交ダンスへの転向というと、クラシックバレエをイメージしがちですが、実は武道出身者って多いんですよね。姿勢が良く体幹がしっかりしていて、丹田に力を集める身体感覚に慣れているので、ダンスとも相通じるところがたくさんあるのだとか。拓海は1年生から思わぬ活躍を見せるという設定ですから、そのあたりも考証されたのかな?などと思ったりしてしまいます。

時間軸としては一部・二部校を決める試合辺りまでを中心に取り上げているので、春東部(東部日本学生競技ダンス選手権大会)あたりまでかと思います。レギュレーションや競技会の開催時期は小説に適した形に変更しているということですので厳密ではないようですが、学連の競技会については東洋大学競技ダンス部に取材したそうです。

もともと、綿密な情報収集に基づいて作品を構成されるのが得意な作家さんということで、ご本人が学連出身ではないにしろ、社交ダンス界のことについて本当に違和感なくすんなり読むことができます。

作品の中で「学連は唯一の団体戦」と書かれており(厳密には県別対抗戦やサークル対抗戦など存在はしますが)、チームで戦う機微というのが作品を流れる大きなテーマです。学連最後の冬の全日本戦に一度でも足を運んだことのある人なら、いつも活躍している選手がある時は不調で落ちてしまい、ある時は思わぬ選手がピックアップされ、メンバーみんなでカバーし合い、学校一つが一丸となって戦う姿に胸が熱くなったことがあるはず。

初めは秋帆や周囲の先輩たちに囲い込みをされ、とても自主的とは言えない姿勢で取り組んでいた拓海でしたが、練習で徐々にできることが増えていき、競技会での敗戦を経て、その後の師匠となる興津先生に出会って、競技ダンスに本気になっていきます。

特に私が印象に残ったのは、拓海と四条のパートナーに対する真逆な考え方です。
四条は秋帆と同じく、ジュニアの頃から戦っているエリート。「予選はどうせリーダーしか見られていない。だからパートナーは自分についてくるのが仕事」というタイプ。

この四条に触発された拓海は「予選はリーダーしか見られていない。だからこそパートナが……秋帆が活躍できる競技終盤まで俺が連れて行く」とダンスに開眼していきます。
学連の中での選手たちの心の揺れ動きがリアルで、読み応えたっぷりです!

 

なかなか執筆が実現しなかった社交ダンスというテーマ


 

作者の佐々原さん自身があとがきで書いているのですが、佐々原さんの最初の社交ダンスとの出会いは、小学校の授業。ワルツとタンゴを習ったものの、あまり芳しい思い出がなかったそうです。そのあと、ひょんなことから別件で客船クルーズの取材をし、そこで社交ダンスに触れ、また近所の大学で競技ダンス部のデモンストレーションを見たのだとか。

その頃から社交ダンスを題材に何か書きたいという思いを温めていたそうですが、なかなか実現せず、めげずにあちこちでプレゼンを繰り返して、富士見L文庫さんで執筆が決まったのだそうです。決まった時には、ご本人が「ご冗談を」と思ってしまうほど、それまでなかなか通らなかった企画だとのこと。ついに2015年の出版となりました。

佐々原さんが題材を思いついてから出版までの間、どれほどの時間が経ったのかは正確にはわかりませんが、テレビ番組で社交ダンスが取り上げられたり、舞台や様々なイベントでの広がりを見せたり。ラノベにも登場したのは、世の中で社交ダンスの認知度が上がってきたことの一つの現れなのではと紹介させていただきました。

私もいつか社交ダンスをテーマに、商業媒体で何か書きたいな〜。

ちなみに取材協力されたのは東洋大学競技ダンス部さんの他に、穐吉康典先生、戸田裕子先生、冨田博紀先生だそうです!