おどりびよりロゴ

 

コラム劇場

第33話劇場

2020/08/25


競技ダンスのカップルなら、一度はチャンピオンの座を志すもの。
でも、どちらかにその熱量がなくなったら?才能がないことを突きつけられたら?夢がなくなったら?カップルの思いが徐々にすれ違ってきても、二人は一緒に居られるのでしょうか?

あらすじ


高校からの友人と立ち上げた劇団「おろか」で脚本家兼演出家を担う永田(山﨑)。しかし、前衛的な作風は上演ごとに酷評され、解散状態の劇団という現実と、演劇に対する理想のはざまで言いようのない孤独を感じていた。そんなある日、永田は街で自分と同じスニーカーを履いている沙希(松岡)を見かけ声をかける。自分でも驚くほどの積極性で初めて見知らぬ人に声をかける永田。女優になる夢を抱き上京し、服飾の学校に通っている学生、沙希と永田の恋はこうして始まった。お金のない永田は沙希の部屋に転がり込み、ふたりは一緒に住み始める。沙希は自分の夢を重ねるように永田を応援し続け、永田もまた自分を理解し支えてくれる彼女を大切に思いつつも、理想と現実と間を埋めるようにますます演劇に没頭していき──
画像©劇場製作委員会



夢を叶えることが、君を幸せにすることだと思ってた―



ダンス探訪と言う割に、ダンスが全く登場しない映画です。原作は「火花」で第153回芥川賞を受賞した又吉直樹さん。行定勲監督と、蓬莱竜太のシナリオのタッグで映画化したものです。端的に言うと、夢を追いかけるクズ男と学生が街で出会って同棲し、夢に行き詰まる話です。内容を言えば、これ以上の内容は無いと思います。けれど、
「カップル間の熱量が、夢が、すれ違えばこうなるんだなあ」
とため息が出るような感覚に、今回紹介することにしました。

とにかく、カップルで夢を追いかけたことがある人には、観るのに体力がいる映画です。身に覚えがあると言うか、身につまされるというか。暗く青みを帯びた色使いの画面には、梅雨時のような湿気がまとわりつく不快感すら想起させます。

カップルの話なのに、キスシーンの一つもない。物語は淡々と7年の歳月を重ねます。山崎賢人演じる永田は、理想を掲げて演劇の道に邁進しています。その分野にとびぬけて才能があったとしても、才能が花開くためには努力というまた別の才能が必要なのに、人としても最低な永田に成功は見えて来ない。そんなダメ男が、天使のように描かれた松岡茉優演じる沙希を追い詰める姿を見ると、イライラさせられること請け合いです。
「別れてあげるのが沙希ちゃんのためだと思う」
友人の青山でなくても言いたくなります。

ただ、永田は言葉や態度こそダメ男の典型ですが、暴力を振るうほどのゲスなわけではないし、お酒をそこそこ飲んでも溺れるわけじゃないし、アル中になるわけでもない。もちろん、薬をやるわけでもなければ、警察のご厄介になるほどの犯罪者でもない。唯のヒモかと聞かれると、そういうわけでもない。

呆れるほど普通のカップルが、普通に堕ちていく話です。それこそが、芸人である又吉直樹さんの見てきた世界であり、表現しようと狙ったことなんだと思います。「普通」の人間が夢や理想を追いかけたら、誰でも永田になる可能性がある。サクセスストーリーの真逆の、ただ現実をひたすらに写し取っています

せっかく支えてくれる人が身近にいて、努力する才能が少しでもあったら「井口」になれたかもしれないのに、ほんの少しの違いで誰でもこうなる。又吉さんは、「火花」の前から「劇場」を書いていたそうです。芸人として自身は成功した又吉さんにとっては、周囲でごく普通に見かける馴染み深い光景だったのかもしれません。

きちんと生活して、目標に向かって進んでいる人には、ぶっちゃけ退屈な映画だと思います。ましてや、嫌悪感を抱く場合もあるかもしれない。「ダメ男とそれを甘やかす女」といえば簡単だけど、そう一言で切って捨てられない関係性。




そんな焦燥や嫉妬、「どうしようもなさ」を表すとても象徴的なシーンがありました。
沙希が大学の友達からもらったという原付バイクに乗り、永田は公園の周りを何かに取り憑かれたようにぐるぐると走ります。途中で沙希が現れても無視して公園を何度も回り、後に永田はそのバイクを壊してしまいます。

本作は基本的に原作に忠実で、どちらも素晴らしいラストシーンになっていますが、映画では小説と少し違った「ある仕掛け」をしています。

永田と先は、台本を手にして思い出の舞台を演じます。そして二人が長年一緒に暮らした部屋は「劇場」になる。
永田は、やがて台本から離れて、これまでの沙希に対する思いを独白し始めます。
「迷惑ばかりかけ、沙希に辛い思いをさせた。それも自分に才能がないからだ」
なかったのは、本当に才能だったのか?
努力だったのでは?
きちんと生活することだったのでは?
相手を思いやることだったのでは?
沙希を追い詰めたのは、そもそも永田の本質や人間性そのものなのでは?
そんな風に感じるや否や、映画版のラストではそこは「沙希の部屋」ではなく──

ラストはぜひ、その目で確かめてください。
映画『劇場』は本来であれば2020年4月17日公開でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期となり7月17日公開となりました。しかもAmazonプライムビデオでの配信と同時公開。映画館が苦戦を強いられている中、コロナ対策の配慮がされた上で自宅でも楽しめる作品です。



→劇場を見るならこちら