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コラムダーティー・ダンシング

第9話ダーティー・ダンシング

2019/04/25

あらすじ




60年代のヒットナンバーと官能的なダンスに彩られた青春映画。家族とともに避暑地にやってきた17才のベイビーは、ダンサーのジョニーと出会い、恋に落ちる。純真無垢な少女だった彼女は、ダンスへの情熱と初めての恋によって大人の女へと成長していく。
「配給・画像 ©︎ベネトロン・ピクチャーズ」
「あらすじ ©︎キネマ旬報」

 

手を取り合えば分かる?カップルの相性


ダンスでパートナー・リーダー候補同士が試しに踊ってみること、練習してみることを、日本では『お見合い』と言います。

筆者の周辺でリーダー・パートナーを決める際に、お見合い前後、いつの段階でカップル結成を決めたかを34人に緊急アンケートしてみました。割合を出すまでもない母数なので、内容だけピックアップすると以下──

・ 会った瞬間←一目惚れ!
・ お見合い後その日の内に決めた←筆者はこのパターン笑
・ 数回練習後
・ 練習後、練習相手として申し込み、1シーズン踊って以降、次シーズンも続けるかどうか更新制←しっかりしてますねえ

などなど色々なパターンが見られましたが、意外と多かったのがこの意見。

『ホールドを組んだ瞬間』

本題の映画、ダーティー・ダンシングの主役は17歳のお嬢さんフランシス。フランシスは本名ですが、映画の中では終盤まで『ベイビー』と呼ばれています。それは「父親が最高の恋人だった」と冒頭で自ら回想する通り、奥手で恋も知らない世間知らずのお嬢さんだったからです。

ベイビーは一家で一夏の避暑に出かけた先で、そのリゾート施設のオーナー(父親の友人)の息子とダンスパーティーで踊ります。彼が運命の相手ではないことは、ホールドを組んでいるベイビーの表情で、一目でわかってしまう。

では、ベイビーの運命の相手は誰だったのか。

それが、ダンス教師のジョニーです。

 

キャスティングもダンス由来


ジョニー演じるパトリック・スウェイジはダーティー・ダンシングもさることながら、「ゴースト/ニューヨークの幻」でデミ・ムーア演じる主人公の亡くなった恋人役として有名な俳優です。残念ながら2009年に57歳でこの世を去りました。

スウェイジは母親がバレエの先生でバレエ教室を経営しており、ジョフリーバレエ団で団員を務めたほどのダンサーでもあります。

ダーティー・ダンシングのキャスティングの際は、ベイビー役のジェニファー・グレイと前作でソリが合わずに、共演を嫌がったとの逸話があります。ところが、実際にダンスのスクリーニングテストを行ってみると、2人の相性は明らかで、これ以上のカップルはいないとキャスティングが決まりました。

妊娠・中絶などのセンシティブなテーマを扱っていることもあり、この脚本は何度も映像化を断られた挙句に、制作費500万ドルという低予算映画としての撮影にこぎつけます。上映後は2億以上もの興行収入を叩き出し、サントラ盤も爆発的な売上を上げました。実際の舞台は60年代にも関わらず、音楽の影響もあり80年代の匂いが強烈に漂ってきます。

ある日、ベイビーは避暑地の隠れ家で開かれたパーティーを好奇心で覗きに行きます。そこで出会ったのが、雇われダンサーのジョニーとパートナーのペニーです。
二人のダンスは避暑地の正式なパーティーで踊られるダンスとはまるで違う、官能的で刺激的なものでした。ジョニーに誘われるまま手を取り合い、踊るベイビーの中に、それまでの箱入りお嬢様の彼女の中にはなかった感情が呼び覚まされます。

やがて、妊娠したペニーの代役として、ジョニーの相手役を務めることになったベイビー。練習を始めた当初は、ジョニーと自分の手を体に這わせる濃厚な仕草に、つい笑い出してしまいます。ダンサーの皆さんなら見に覚えがありますよね。ルンバで見つめ合う仕草がどうも照れ臭い(笑)。

舞台で初めてジョニーと踊ったマンボは、ガチガチで、一番の決め技も決まらず、本人曰く「まあまあ」。多分まだこの頃は、自分の踊りを客観的に見られる余裕もありません。

それが徐々にジョニーとの距離が近づいて……映画の見せ場の一つ、湖の中でのリフトの練習シーンに「あれやってみたい」との思いを掻き立てられる女の子も多かったそうです。



 

ダーティー・ダンシングの素晴らしい点は、何と言ってもそのダンス。振り付けはケニー・オルテガ。2人の心の距離が近づく様子が、随所に出てくるダンスの中に感じられます。そしてペニーを助けようとの一心でジョニーの相手役を務めるベイビーが、自分にとってダンスを大切なものとして心の中に抱くようになり、「世界を変え」大人の女性として自立していく勇気が、ジョニーの心も動かしていくのです。

 

自由の国アメリカ


ダンスの素晴らしさもさることながら、この映画がこれほどまでに支持を得たのは、アメリカの社会的背景も念頭に置かなければなりません。ご存知の通り「自由の国」などと言われるアメリカですが、実はいわゆるWASP(ワスプ:ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)を筆頭にした階級が厳然と存在しています。例えば、アメリカの大学として一般的にまず思い浮かべるハーバード大学、同大学を筆頭にするアイビー・リーグはWASPの師弟の高等教育機関として作られ、それ以外の人種の子ども達の入学を拒否していた歴史がありました。

現在では公式にはそのような壁はないとされていますが、1980〜1990年代でも、WASPの師弟のあるサークルやコミュニティには日本人である私及び他の人種は相手にはされませんでした。同じ学生として友人にはなれますが、それ以上の関係構築は難しいのです。

こういった階級社会が厳然として存在することを前提に、音楽や芸術、学術、商売において飛び抜けた才能を持つ人がこの階級を越えていける、それがアメリカの「自由」なのだということを理解する必要があります。

ベイビーの父親は医師であり、経済的にも潤沢な恵まれた家庭ですが、ユダヤ系という設定ですから、アメリカの階級社会の中ではなかなか微妙な立場だったのでしょう。

「パパは、この世界のために良い人になりなさいというけれど、結局私を上流社会に入れたかったのね」

とベイビーが父親をなじる場面はそういう意味です。

当然、ダンス教師であるジョニーの階級は、さらに社会の中では下流ということになります。いずれその才能を如何なく発揮して成功をつかむ可能性のある人物ではありますが、この時点では雇われているリゾートからの契約を切られることを恐れるくらい。

それを乗り越えても愛する女性を望む強さを得たこと、ベイビーが心のままにジョニーを求めたことが、アメリカ人にとっては大きな魅力でカタルシスであったことは間違いありません。

ベイビーとジョニーにとってお互いが、度々登場するセリフの通り「世界を変える」存在だったのです。

 

とはいえ今見るとツッコミどころも笑


ある誤解からベイビーとジョニーの恋仲を反対していたベイビーの父親の誤解も解け、映画はラストシーンを迎えます。けれど、見たことのある方は、ここで少しツッコミを入れたくなりませんでしたか?

「いやいや、お父さん!誤解は解けてジョニーがいい奴だっていうのはわかったけど、親と同じ屋根の下に泊まってて娘とやっちゃった男、許して大丈夫!?」

「ジョニーが(しがない←失礼)ダンス教師なのは変わらないけど、大丈夫!?」

ところが、ラストのダンスシーンはそんなツッコミを吹き飛ばして余りあるパワーがあります。2人の信頼関係と愛情が最高潮に達し、今までできなかった「あの技」が完成した瞬間は、胸に込み上がってくるものが。ダンス愛好家なら必見です。

そして余談ですが、ベイビーとジョニーのダンスシーンの数々もさることながら、ジョニーと彼のビジネスパートナーであるペニーとのダンスも素晴らしい。

ペニーを演じたシンシア・ローズはスウェイジ同様プロのダンサーで、体操競技の選手でもありました。実は『フラッシュダンス』や『ステイン・アライブ』などにも出演しています。ダーティー・ダンシングはいまだにFBのファンページが稼働しているコアなファンの多い映画ですが、ペニーとスウェイジのダンスシーンが好きという声も多いのです。

登場するダンスは「チャチャ」や「マンボ」「ワルツ」などと言ってはいますが、私たちが知っている社交ダンスを想像して見ると、少し違和感はあるかもしれません。けれど、心の動きをダンスで表す大ヒット作として、一度は見ておきたい名作です。