2020/12/25
映画という媒体で社交ダンスが取り上げられるのは、1966年公開のShall we ダンス?以来、実に34年ぶり。女性同士の社交ダンスが、映画という媒体でテーマになるとは時代は変わるものですねえ。
生活に追われる主婦・鈴木真子(大塚千弘)と、売れない独身女優・城島一華(内田慈)。 かつて高校時代に競技ダンスで脚光を浴びた二人だが、今は互いに人生の崖っぷち。そんな二人が同窓会で再会するもクラスメートの手前で切った大見栄がきっかけで競技ダンスカップルを組む事に。初めて家庭のためではない自分のために時間を生きる事になった真子と、傷だらけの女優生命を懸けた一華の壮絶な練習の日々が始まった。 かつてのコーチ・木村(木下ほうか)に師事しつつも簡単には取り戻せない肉体のキレ。 しかしパートナーとの衝突、肉体との対話は確実に二人の人生を変えていく。そして迎える競技ダンス大会。女性カップルの話題と共に二人の演技は大会を席巻する。しかし、女性ペアの是非を問う議論がおこり、大問題に!一方、真子には家庭の、一華には仕事の危機が迫る。果たして二人のダンスは、性差、常識を破り、世界を変える事ができるのかー!?
©イングス
ジュブナイルやジュニアでは、女性同士のカップルが数多く見られます。それは、男性より女性の選手が多いという男女比によるものです。「なんでジュニアを卒業したら女性同士のカップルじゃダメなんだろうね(意訳)」という冒頭のセリフはそういう事情に裏打ちされたもの。原則、持ち級やタイトルに関わる国内の本戦では、同性同士のカップルは認められていません。レディース戦のような女性同士で踊る競技種目もないわけではありませんが、開催頻度が少なかったり、先生と生徒というカップルが出場していたりと、傍流の様相を呈しているのは事実です。
余談ですが、この男女比問題や競技会出場の敷居を下げるために、昨今では女子ダブルスという新ジャンルが登場するなど、関係者が努力を続けています。「男女でなくてはならない」という縛りは、だからこそ社交ダンスの特異な美しさを生み出し、反面、特に女性の参入を難しくている古くて新しい問題だとも言えるのです。レディ・トゥ・レディがすごいのは、そんなダンス業界の事情を背景に、女性同士のカップルを公式戦にぶっこむというところにあると思います。
ジェンダーという描きようによっては重くなりそうなテーマを、レディ・トゥ・レディは軽やかに楽しく扱っています。真子と一華の練習風景は、通常の競技カップルとなんら変わるところはありません。噛み合わない時の揉めっぷりも笑っちゃうくらい身近によくいる感じです。練習場に行くと、練習場の隅で、時にはフロアのど真ん中で……揉めているカップルってそこかしこにいるんですよね(※でも人前ではなるべくやめましょう。やるなら端っこで迷惑にならないようにやりましょう←自戒)!
「お互いにリスペクトを持って練習しなさいよ!」という先生役の木下ほうかさんもいい味出してます。
そんな真子と一華がカップルとして熟達していくにつれて、踊りが噛み合い、信頼関係が出来ていく様に、ああ、やっぱりダンスっていいものだな〜と。ペアダンスって、当たり前だけど二人だけのチームじゃないですか。だから、出来ない時、何かトラブルが起きた時に責任を求める先は相手か自分しかいないんですよね。そして、人間とは往々にして自分の非は認められないもの。自分が悪くないとなったら、相手を責めるしかなくなるわけです。多くのカップルが乗り越えられないのは、ただもうその一点。
でも乗り越えた先に見える風景は、乗り越えたカップルにしかわからない素晴らしいものがあります。真子と一華がそれぞれに悩みの多い人生を送りながら、真子はバイトしているスーパーの品出しで踊っちゃったり、一華がキャンギャルをやりながら首振りしたり、ダンスを始めたことで日常がウキウキと心浮き立つものに変わっていく様が本当に愛おしかった。仕事中にステップ踏むダンサーは、一般的によくいるよね笑。
そして、二人が「いつも支えてくれてありがとう」と言葉を交わし合うのが胸熱!本当に胸熱!!パートナーシップは二人が葛藤や軋轢を乗り越えた先にあるコミュニケーションから生まれ、だからこそ社交ダンスは素晴らしいものであり、そこに男女は関係ない……それが本当にコミカルにキュートに描かれて90分あっという間でした。
主役の大塚千弘さんと内田慈さんもどちらも元々大好きな女優さんたちで、今回の出演のためにコツコツ愚直に練習されたんだろうなと感じられるダンスでした。他のダンスの素養はあったそうですが、なんと社交ダンスは未経験!オーディションのための準備期間を経て、この役のために初めて習ったのだそうです。特に大塚千弘さんはリードも勉強しなければならなかったから(内田慈さんもリードするシーンがあるけど)、本当に本当に大変だったと思う。この映画を見る方々の中にはきっと小煩い(私のような)ダンス経験者や関係者もたくさんいるはずで、そんな観客にも「ジュニアの経験者でそれ以来のブランクを取り戻す」レベルのダンスだと納得させなきゃいけないですもんね。納得できるダンスでした!ここまで練習してくれて、社交ダンスに触れてくれて本当にありがとうという気持ち……!
ご都合主義ではない、でもちゃんとダンスの楽しさをこれでもかと感じさせてくれるラストは映画だからこそ楽しめるものでした。ぜひ映画館で見てほしい!人生はかくも思うようにはいかないもので、一華が言う通り「楽しいことなんて1割もない」けれど、ただただ楽しいから踊ることで日常が生き生きと輝くのだということを感じられます。
上映時間は朝8:20からと早いのですが、渋谷ヒューマントラストシネマの席は結構な埋まり具合で、だーれもエンドロールが終わるまで席を立たなかった!
あと、社交ダンス愛好家としては協賛しているダンサーたちも見逃せません。特に映画冒頭の増田大介・塚田真美組、小林恒路・赤沼美帆組が美味しい……!増田組はシーン終わりで本当に美味しいところ持っていくので、それだけでも是非是非見てほしい!!
「名の知れた芸人さんたちのカメオ出演は藤田監督が愛されている証拠」だとコメントを寄せたのは俳優の鶴見辰吾さんですが、ダンサーたちもたくさんエキストラ出演しているのは、社交ダンスが愛されている証拠ですね!
12月11日からヒューマントラウトシネマ渋谷を皮切りに全国で順次公開されています。本コラム掲載時にもまだまだ公開中です。ぜひ映画館に足をお運びください。
そして、レディ・トゥ・レディが今年最後のダンス探訪になります。今年も1年間お付き合いくださりありがとうございました。一年のラストが社交ダンスの映画公開で締め括ることができてとても嬉しいです。皆様、良いお年をお迎えくださいませ〜!