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コラムハミルトン

第31話ハミルトン

2020/06/25


このダンス探訪は私が実際に見た作品について書くのがモットーなのですが、今回に限っては一部動画でしか見たことがありません。

だって日本で公開されていないから!

そんなブロードウェイミュージカル「ハミルトン」がついに、7月3日からディズニーの動画配信サービス・Disney+(ディズニープラス)で世界同時配信との発表がありました。同作品はアメリカ建国の父の1人であるアレクサンダー・ハミルトンの生涯を描き、トニー賞、ピュリツァー賞、ローレンス・オリヴィエ賞などを獲得した人気ミュージカルです。今回は、2016年6月の公演を撮影・映像化したものが配信されるそうです。2021年10月には映画版も公開されます。

あらすじ




1757年生まれの主人公アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton, 1757-1804)は零落した貴族の父を持ち、後に孤児となる。しかし、商人として天賦の才を発揮し、文才にも優れ、周囲に認められた後に独立戦争に参加。その後、アメリカ合衆国憲法の草稿の作成に携わり、現代ではアメリカ建国の父の一人と呼ばれている。
©️original broadway cast recording



オバマ大統領の前で楽曲を披露


2015年9月21日に公開されたハミルトンのレコーディングアルバムは、グラミー賞やミュージカル・シアター・アルバム賞を獲得し、全米アルバム・チャート(Billboard 200)にて初登場で第12位、ラップ・アルバム・チャートでは第1位の成績を収めました。
ジェニファー・ロペスやエマ・ワトソンをはじめとする40組以上のセレブリティがハミルトンの舞台に足を運んでおり、10ヶ月先までチケットが完売となったことも。プレミアがついて最も入手困難なチケットの一つと言われました。

また、トニー賞に見事輝いたオリジナルキャスト陣はその功績が称えられ、ホワイトハウスのオバマ大統領の前でハミルトンの楽曲を披露しました。

その時の動画がこちら。





冒頭では、オバマ大統領夫妻自ら作品について語っています。

2:18 「歴史が君を見つめてる(History has its eyes on you)」
3:06 「ヨークタウン(世界が引っくり返った)(Yorktown (The World Turned Upside Down))」

貧しい孤児から立身してアメリカ独立戦争に立ち上がり、軍人・官僚として「合衆国建国の父」の一人となったアレクサンダー・ハミルトンの波乱万丈の生涯を、ヒップホップやラップミュージックで描いた、ミュージカルの中でも珍しい作品だそうです。






この作品はリン=マニュエル・ミランダが、自身が作詞作曲したイン・ザ・ハイツ(2008年オープン)に主演し、夏休みで1週間ショーを離れた時に、2004年に発売されたベストセラー「アレクサンダー・ハミルトン(ロン・チャーナウ著)」を読んだことがきっかけで生まれました。
私生児であり貧しい移民の一人だったハミルトンが、裕福な家の出身である他の政治家に囲まれながらも、独立戦争時に後の初代アメリカ大統領となるジョージ・ワシントンの右腕として活躍しました。アメリカ国憲法の草案を書き上げ初代財務長官を務めたというストーリーに、マニュエルは自身の父を重ねたと言います。マニュエルの父は若い時にプエルト・リコから渡米した移民で、NY市長だったエド・コッチのアドバイザーを務めていました。






アメリカは移民の国であり、多様性こそがアメリカを表しているということをキャスティングでも表現するため、マイノリティの俳優が主要なキャストをほぼ演じているのが画期的です。

実は私の中学・高校の同級生がブロードウェイをはじめとするミュージカルを日本に持ってくる時の翻案の仕事をしているのですが、彼女曰く、

「ハミルトン、すっげ〜っと思った。舞台の使い方がシンプルなのに、キャストの動きが多彩で、アンサンブルとハモリがすごい。でも日本人が2時間半超えのラップが中心の舞台を、集中して見るのは難しいかな〜。早く日本語版ができると良いね。題材が歴史だし、政争を扱っているから英語が難しい。予備知識がないと全部聞き取るのはハードかも」

それでも、このご時勢だからこそ、そして白人から見れば私たち日本人もマイノリティであるからこそ、今、見て欲しい作品だと彼女は言います。



Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)


話は変わりますが、2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスの路上で、警官が黒人男性ジョージ・フロイド氏の首を膝で「8分46秒」抑え続けて窒息死させるという事件が起きました。 その様子は通行人の17歳の少女によって撮影され、I can't breathe!と何度も繰り返し、絶命する様子が全米に拡散されました。

ブラック・ライヴズ・マターは、2012年にフロリダで当時17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に射殺された際に起こったムーヴメントの名前です。「I can't breathe!」は2014年にニューヨークで今回とほぼ同様の事件で亡くなった、黒人男性エリック・ガーナー氏が息絶える前に繰り返したセリフでもあります。

過去の人種差別が原因で起きた事件を彷彿とさせるフロイド氏の死に、翌26日には地元ミネアポリスで抗議デモが起こり、全米に広がっていきました。

ハミルトンより少し時代は下り、1964年の公民権法により人種差別はようやく違法となりました。つまり、マイノリティだったハミルトンがあの時代に政権の中枢で活躍したのは異例のことです。そして今もって、こうして人種差別は続いています。

ダーティーダンシングの回でも述べましたが、自由の国アメリカは階級社会です。そこから一部抜け出す道があることを指して「自由の国」と称していますが、それは皮肉にもベースが全然自由ではないことを指しているような気がしてなりません。

奴隷制度に由来するレイシズムがあるため、人種の融合は今も進まず、人種別のコミュニティが形成され、多くの黒人が黒人地区で生まれ育ちます。
米国の公立学校の財源はほとんどが固定資産税を原資としていて、極端な税収格差が、子供たちが受ける教育格差に直結しているのです。
社会から取りこぼされて貧困、低学歴、犯罪といった負のサイクルから抜け出せないマイノリティを日本でも流行りの「自己責任」として見下すという状態が社会の中でシステム化されてしまっています。

ミシェル・オバマがプリンストン大学に進学した際、学生寮で同室となった白人学生の母親が「自分の娘と黒人を同室にするな」と苦情を呈されたことは有名なエピソードです。だからこそ、ハミルトンはオバマ大統領とミシェル・オバマの前でプレゼンテーションする機会を与えられ、大統領夫妻自らその意義について語るという場面が設けられました。

今般のデモを前に、ホワイトハウスを閉鎖したトランプ大統領とは対照的に感じられてなりません。

ハミルトン自身はダウンタウンに生まれながら、当時の政権の中枢で活躍し、憲法の草案を作ると言う重要な仕事をしました。はっきりと物を言う人物だったせいもあって、政敵が多かったようです。ミュージカルの中ではアーロン・バーとの対立がメインに描かれていますが、有名なところではトーマス・ジェファーソンとも意見が対立することが多かったとか。
やがて政界から消えていき、アーロン・バーと拳銃で決闘すると言う劇的な最期を遂げました。ハミルトンの方はわざと照準を外したなどという逸話もありますが、本当のところは分かっていません。

今はウォール・ストリートのウインストンチャーチに眠っています。ニューヨークにゆかりが深く、市民に人気が高いのも、この作品を支えているのかもしれません。

今だからこそ見て欲しい、そんなハミルトン。
前述の通り英語で見るには難易度の高い作品ですが、動画配信で字幕を見ながらであればグッとハードルは下がりそうです。もちろん、楽曲も素晴らしいので私自身も7月4日からの配信が楽しみです!