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4. 青空文庫にみる著作権保護について
さて、このタイミングでこの青空文庫に所蔵された久米正雄のエッセイを取り上げたのは、別の理由もあります。こちらのエッセイはもちろん書籍としても販売されていますが、「青空文庫」というインターネットの電子図書館でも読むことができます。
(以下、青空文庫早わかりより抜粋)
青空文庫は、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、図書館のようにインターネット上に集めようとする活動です。
著作権の消滅した作品と、「自由に読んでもらってかまわない」とされたものを、テキストとXHTML(一部はHTML)形式に電子化した上で揃えています。
多くの人に、快適に作品を味わい、自由にファイルを使ってもらうことは、この場を整えている私たちの願いです。
どうか青空文庫を、活用してください。
今、この青空文庫の活動に問題が生じています。
2018年12月30日をもって改正著作権法が施行されました。この施行をもって、今まで著作者の死後または没年不明の際は公表から「50年」だった日本の著作権が「70年」に延長、侵害は非親告罪となります(二次創作等は対象外)。対象は日本やTPP加盟国の作品だけでなく、世界中の作品の日本での保護が延びることになります。ただし、既に日本での保護が切れた作品が復活することはないので、この間に著作権の切れた、
・ 吉川英治
・ 江戸川乱歩
・ 谷崎潤一郎
・ 「くまのプーさん」(小説)
などの著作権が復活することはありません。
他方、来年1月からパブリックドメイン入りの予定だった
・ 村岡花子(赤毛のアン訳)
などは著作権延長されることになります。この結果、日本ではその後20年にわたって新たなパブリックドメイン入り作品は生まれない。青空文庫で作業中だった公開予定作品も、公開は出来なくなるのです。
この件について朝日新聞の記事で取り上げられているので、ご紹介したいと思います。
2018年12月27日付朝日新聞より
「文化にしわ寄せ著作権保護延長」
(前略)来年から20年間、新しく著作権の切れる作家の作品公開ができなくなった。来年から自由に利用できるはずだった村岡花子の作品を選んで入力を終えていたが、パソコンに20年間眠らせておくことになる。
あまり知られていない作家や、絶版で図書館でも見つからないような作品を掘り起こすことも楽しみだった。ますます多くの作品や作家が忘れ去られてしまうのではないか。(後略)
5. 権利の保護と知名度の向上
そもそも著作権とは、は、知的財産権(知的所有権)の一種であり、美術、音楽、文芸、学術など作者の思想や感情が表現された著作物を対象とした権利のことです。社交ダンスにおいては、広義にダンサーたちの肖像権なども絡んできそうです。社交ダンスの権利関係においては、ダンサー自身の権利と競技団体やパーティー・イベントなどの主催団体の権利など、複雑な権利関係が絡み合っています。
これからを保護するという観点は当然に重要なことです。競技会・イベントなどの動画撮影や写真撮影が限定的に許可されているのは、こう行った考え方をベースに行われているものと考えられます。また、興行団体・主催団体の興行収入を確保するため、トラブル回避などのリスクヘッジという観点もあるでしょう。
一方で、青空文庫の活動は、著作権が切れるタイミングでその作品や作家の認知度を向上させ、広くその存在を世の中に残していきたいという主旨で行われています。創作物(社交ダンスでいえばダンサーたちのダンスそのもの)の知名度を向上させるということも、大変に重要なことです。
実は、著作権をフリーにすることで、知名度を向上させた有名な成功事例があります。漫画家、佐藤秀峰氏による「ブラックジャックによろしく」の公開・二次利用のフリー化です。
同漫画は、漫画雑誌「モーニング」および「ビッグコミックスピリッツ」で連載されていた、大学病院や医療現場の現状を描いた作品で、テレビドラマの原作にもなり、単行本の累計発行部数は1000万部を超えています。
2012年9月、佐藤氏はその著作の二次使用を完全フリー化して公開しました。その反響は少なからず出版ビジネス界に波紋を与え、またネットを中心にさまざまな話題や臆測、議論を呼びました。むしろ著作物の権利が守られなくなるなどとして、諸々の係争にも発展する事態となりました。
では、佐藤氏はなぜこのように大胆な公開に組み切ったのでしょうか。佐藤氏自身がこう語っています。
「紙の出版は衰退の一途をたどっている。代わりに電子書籍が伸びてきている」
実は、これほど売れた漫画であっても、当時、同作品は2006年から増刷がかかっておらず、
「増刷してもらえないのならこのまま(出版社に)眠らせていても意味がない」
との状況になっていたそうです。
この無料公開の結果、有料の「続・ブラックジャックによろしく」の売れ行きが再び伸びを見せ始めました。そして佐藤氏は、もっと著作を広く使ってもらうために、著作権をフリー化し、二次使用を自由にできるようにしました。
「ブラックジャックによろしく」の二次利用に関する使われ方は、その著者さえも予期しない様々なものに広がりを見せたといいます。アプリをはじめ、医師転職系サイトのイメージキャラクター、お葬式のサイト、禁煙広告(新潟の新聞広告)、ラブホテル、セリフが関西弁になった漫画雑誌「モーニング」内の広告、双葉社による有料出版などなど……。これらの二次利用において、佐藤氏は一切の収益を得ていません。
しかし、こうして同漫画が再び世の中に広く知られるようになったことで、結果的に再度、紙媒体・電子書籍共に「ブラックジャックによろしく」が売れるようになりました。二次利用の素材についても、より精緻なデータを有料で公開するとこれもまた売上を上げ、販売料・ロイヤリティなどで想像以上の収益を得ることになります。
詳細な経緯と実績は、佐藤氏自らこちらの記事にまとめています。
保護と公開は対立する概念のようなでなかなか難しい問題ではありますが、このような世の中の事例に、社交ダンス界でも、まずは社交ダンスの認知度の向上が急務という認識が一部で広がり始めています。写真撮影無料化、公認カメラマンを増やす、SNSによる広報活動をさらに飛躍させるなどの方法が検討の俎上に登っているそうです。今後の社交ダンス界の広報について、今一度立ち止まって考えてみる時期が来ているのかもしれません。
「題字イラスト/月城マリ」