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コラム背すじをピン!と~鹿高競技ダンス部へようこそ~

第3話背すじをピン!と~鹿高競技ダンス部へようこそ~

2019/01/25


1. あらすじ



高校一年の春、そわそわとさざめく体育館で出会ったのは、小さな可愛い女の子と「競技ダンス」!?

少しの勇気が日常を変えていく青春ストーリー!!

(©集英社週刊少年ジャンプ公式サイト)



2. 「ちょっとだけ勇気を出せば、一瞬だけでも主役になれるんだ」



誰が想像したでしょうか。社交ダンスが「週刊少年ジャンプ」の漫画として連載される日が来ようとは!

2014年から連載を開始し、2017年に惜しまれつつ完結した横田卓馬氏による同漫画は、競技ダンスとしては初の週刊連載、しかも週刊少年ジャンプでの掲載ということで、社交ダンス愛好家のみならず一般の漫画ファンの間でも注目を集めました。


主人公は、鹿鳴館高校(通称、鹿高)に入学したばかりの土屋雅春(以下、つっちー)。鹿高競技ダンス部部長の土井垣真澄に捕まり、ラッキースケベ目的で競技ダンス部に入部します。そこで出会ったのが同級生の亘理英里(以下、わたりちゃん)です。

ちなみに、鹿鳴館とは明治時代に国賓や在日外交官を接待するため、外国との社交場として明治政府によって建てられた社交場のことですから、明治時代の日本における社交場としてのダンス発祥の地とも言えますね。それを学校の名前として取り入れるなんて、なんともオシャレですね。


鹿高競技ダンス部に入学したつっちーとわたりちゃんですが、二人とも小柄で、どちらかといえば競技ダンス向きの容姿でも性格でもありません。

先輩部員の八巻章・椿秋子による指導や、同年代の実力派ダンサー御木清斗・ターニャとの出会いを経て、つっちーとわたりちゃんは入部一ヶ月にして三島での初試合に臨みます。競技会当日、極度の緊張で体が動かなくなってしまうつっちー。結果は、無残にも一次予選で惨敗してしまいます。

その後、続く文化祭にて、鹿高競技ダンス部はそれぞれダンスを披露することになりました。前の試合の悔しさをバネに練習し、つっちーはクイックステップの楽しさに気づきます。周囲の応援でなかなかいい感じの仕上がりを見せるものの、発表当日、今度はわたりちゃんが競技ダンスをからかう心無い声を耳にし、それによって小さい頃のイヤな思い出が蘇って動けなくなってしまいます。今度はつっちーがわたりちゃんを励ます番でした。わたりちゃんはこれまでの辛い思い出をつっちーに打ち明け、そんなわたりちゃんをつっちーが支えます。なんとか踊りきり、ダンスの楽しさを少しだけ掴んだかに見える二人。そうして徐々にお互いを理解し合い、パートナーシップを築いてダンスにどっぷりハマっていくのです。


読者の皆さんはすでにお気づきかもしれませんが、つっちーとわたりちゃんは、この漫画のキャラクターの中で一番「普通の人代表」です。手汗が気になる緊張しぃのつっちーに、努力家だけど人前が苦手なわたりちゃん。二人が最初にダンスに触れた姿は、リアルにダンスを始めたばかりの初心者そのものです。経験者ばかりの周囲の中で、二人はめざましい成績を上げるわけでもありません。

これは「友情・努力・勝利」を信条としているジャンプで、飛び抜けた才能や異能の持ち主が戦って勝利していく話が多い中では、ある意味異色の作品です。

これに関しては作者の横山先生自身が、

「そもそも普通に考えて、はじめて数ヶ月の人が10数年やってる人に勝てるわけがないですよ」

「主人公の土屋は『普通の人代表』だから、それは仕方がないことですよね」

とインタビューで答えています。


実際、この漫画には10組ほどのカップルが登場しますが、彼らは部長の土井垣真澄を始め、インパクトの強い、それぞれ強い個性の持ち主です。

そんな中で普通の人であるつっちーとわたりちゃんが、彼らなりに努力して向上していきます。そして、練習の中で「つちわたブースト」という必殺技を身につけ、ここ一番という競技会の中でその技を繰り出します。

競技経験のあるダンサーのみなさんなら、一度は経験したことがあるでしょう。自分なりにベストな踊りができて、ここだけは決めたい!と、いわゆる必殺のルーティンが決まったにも関わらず、予選敗退してしまうあの悔しさを。

つっちーとわたりちゃんも「つちわたブースト」を見事に決め、1枠空いた準決勝に手が届くのではと、読者の皆さんは期待に手に汗を握ったはず。けれど、二人は予選で敗退してしまいます。ご都合主義的に勝たせることもできたはずですが、横山先生は「キャラクターたちが動き出した時、そう言うストーリーにはなりませんでした」、それも「主人公が普通の初心者」という理由に尽きると話しています。

何事も努力なしに向上はないけれど、努力が必ず報われるとは限らない。けれど、努力したものだけが見える一歩上の景色がある。そんなところに、読み手は共感を覚えるのではないでしょうか。


華々しく活躍しているかに見える、つっちーとわたりちゃんの周りのダンサーたちも、それぞれに何か問題を抱えています。横山先生は彼らについて、次のように語っています。

「(漫画やアニメ・ゲームなどの世界では)脇役をA・B・Cなどとモブキャラとして描くことがあるけれど、現実にはそんなことはあり得ないでしょう。登場している人物は、みんな名前を持ったそれぞれの人生の主役です」

「むしろ、主人公の土屋くんを描きすぎたと思っているくらいです。自分の中では全員が主人公だから、もっともっと全員を描きたかった」

フロアで踊っているダンサーは、誰もが主人公。予選で敗退してしまった選手にも、それぞれの物語や葛藤があります。つっちーやわたりちゃんが、

「ちょっとだけ勇気を出せば、一瞬だけでも主役になれるんだ」

と言うように、全員を主人公として大切に描いているからこそ、どれかのキャラクターの物語が読者の心の琴線に触れ、ダンス愛好家だけではない読み手の胸を打つのかもしれません。



3. 学校教育にダンスが取り入れられる



鹿高競技ダンス部は高等学校に存在する部活動として描かれていますが、実際に社交ダンスに類する部活動を有する高等学校は、連載開始の2014年時点では存在しておらず、現在も存在しない模様です(筆者調べ)。

参考までに、学生の競技選手については、大部分の競技選手が大学のクラブ活動である全日本学生競技ダンス連盟に加盟しており、約3,000人が加盟しているとサイトにて発表しています。日本の社交ダンス人口は推定100万人と言われていますから(おどりびより調べ)、学生の競技ダンサーというのは、社交ダンス人口の中でほんの一握りの存在です。

また幾多の競技選手を輩出している幼稚園として、横浜市にあるヒルズ学園が知られていますが、学校教育として社交ダンスを教育している例はまだないのが実情のようです。


このような状況の中、文部科学省では2012年(平成20年)に中学校学習指導要領の改定を示し、武道やダンスを必須科目としました。

「ダンスとは、イメージをとらえた表現や踊りを通した交流を通して仲間とのコミュニケーションを豊かにすることを重視する運動で、仲間とともに感じを込めて踊ったり、イメージをとらえて自己を表現したりすることに楽しさや喜びを味わうことのできる運動」

として、必修として学ぶ意義を認めたものです。

必修化されたダンスの中に含まれるのは「創作ダンス」、「フォークダンス」、「現代的なリズムのダンス」の3種類となりました。ちなみに、「現代的なリズムのダンス」とはヒップホップのことです。


残念ながら、社交ダンスが学校教育に必修として取り上げられるという状況にはなっていませんが、幅広くダンスというものがもたらす教育的効果の認知に第一歩を踏み出したとは言えます。また、社交ダンス界からも有志で、各学校に出向いて社交ダンスを教える動きが一部であるようです。

鹿高のように高校で社交ダンス部が存在する、という動きが実際にも全国で広まりを見せるといいですね。



4. 背筋をピン!とカップ



さて、愛好家の皆さんはご存知のことと思いますが、JCFでは「背筋をピン!とカップ」という競技会を開催しています。直近では2018年3月に高輪プリンスホテル飛天の間において開催されたユニバーサルグランプリの中で開催されました。

ダンス歴3年以下のカップルで、競技選手としての登録が不要ということで、初心者にも参加しやすい大会となっています。

こちらは週刊少年ジャンプ編集部(集英社)や、横山卓馬先生公認の大会で、入賞者には横山卓馬先生のイラスト付き特製表彰状が贈られます。




このようなメディアミックスへの新しい取り組みにより、ますます社交ダンス愛好家が増えていくことを期待したいですね。



「題字イラスト/月城マリ」