2019/12/25
ヨーロッパ最古の王室の王位継承者アン王女(オードリー・ヘプバーン)は、欧州親善旅行でローマを訪れ歓迎舞踏会に出席する。分刻みのスケジュールや自由のなさに、軽いヒステリーを起こしてしまう。宿舎である宮殿をひそかに脱出したアン王女が、鎮静剤の影響でローマの街中で眠ってしまったところを助けたのが、新聞記者のジョー・ブラドリー(グレゴリー・ペック)だった。
アン王女の正体を知ったジョーは、王女には自分が彼女の身分を知ったことを明かさず、「ローマの街を連れ歩いて、その行動を記事にできたら大スクープになる!」との思惑から「思いきって1日楽しんだら?」と彼女をそそのかす。
スクープに必要な証拠写真をおさえるため、ジョーは同僚のカメラマン、アービング・ラドビッチ(エディ・アルバート)も誘って、ローマの案内を買って出る。数々の名所をめぐり、アン王女を連れ戻そうとする情報部員と大立ち回りを繰り広げる。
つかの間の自由を味わううちに、アン王女とジョーの間には恋心が生まれていた。お互いへの本当の想いを口に出せないまま、アンは祖国と王室への義務を果たすために宮殿へ戻り、ジョーは彼女との思い出を決して記事にはしないと決意する。
「ローマは永遠に忘れ得ぬ街となるでしょう」
笑顔と共にアン王女の休日は終わりを告げた。
制作:Paramount Pictures.
世界中から愛される女優オードリー・ヘップバーンの不朽の名作、特に日本ではこのローマの休日がとても愛されており、直近では12月6日にTVKが地上波で放映しています。2019年最後のコラムに何を書こうかと悩んだ末に、ちょうどタイムリーに放映していたこちらを取り上げて今年を締めくくろうと思います。
とはいえ、あまりにも有名な作品であるが故に、論評はこれまで散々語り尽くされ、関連書籍も多数。本コラムでは、「おどりびより」に相応しく、ローマの休日を彩るダンスシーンをご紹介したいと思います。
(しかし、昨今の若い人たちの中にはローマの休日やヒッチコックを知らない人がいるらしい。ガビーン……)
ローマの休日には、二つの対比的なダンスシーンが登場します。
一つは映画冒頭、ローマでの歓迎舞踏会の場面です。退屈してしまったアン王女がドレスの中でハイヒールを脱いで弄んでいるうちに、そのヒールがドレスの裾から転がり出てしまいます。王女としてはみっともない所業に焦るアン王女に気づいた紳士が、アン王女をダンスフロアに誘い出します。ダンスフロアに進み出る振りをしつつ、ハイヒールを履き直すと言うなんとも印象的なシーンです。
その後、ウィンナワルツを優雅に踊り始めますが、入れ替わり踊る男性は誰も退屈な人ばかり。最初こそ優雅にワルツを踊り出しますが、その後はヘジテーションで揺れるだけです。ダンスを小道具に、いかにアン王女が退屈で窮屈だと感じているかを演出しています。
後述しますが、ローマの休日は素晴らしい恋愛映画ですが、その裏側にはアン王女の成長を通した政治的テーマもサブテキストとして隠れています。そのため、アン王女は冒頭、かなり子供っぽい人物として描かれていて、その演出に舞踏会が使われています。
短いシーンながら、左手で長いトレーンを持ち上げてゆったりとしたターンを繰り返す柔らかなワルツはとても印象的です。
もう一箇所のダンスシーンは、サンタンジェロ城そばの船上ダンスパーティです。映るのは一瞬ですが、会場では多くの人たちがジルバを踊っています。
その後、曲が変わってアン王女が踊るのはブルース。ホールドが深く、ほとんどチークダンスのようで、片手で格調高く踊っていた冒頭のワルツとはっきりと対比させているのが分かります。
また、その後にアン王女をこのパーティに誘った美容師と出会い、曲がラテンに変わります。ホールドがより離れ、簡単なベーシックステップを踏み、時折アンダーアームターンするのも見ることができます。更にリラックスした雰囲気で踊っているのが感じられ、アン王女が束の間の自由を満喫していることが感じられます。
『ローマの休日』のダンスシーンはどちらもわずか数分のごく短いものですが、とても効果的に使われて記憶に残ります。
ローマの休日は、こういった対比がとても上手な脚本のお手本のような映画です。
冒頭のアン王女は「子どもっぽい」と前述しましたが、そもそもなぜアン王女がヨーロッパを歴訪しているのかといえば、戦争の事後処理のためです。
アン王女の国がどこを想定しているのかははっきりと描かれていませんが、「ヨーロッパ最古の王室」と言及されています。ローマの休日が作られた1953年といえば、第二次世界大戦が終わってまだ10年も経っていなかった頃。東西冷戦の足音が聞こえ、それまで戦争を繰り返していたヨーロッパが連合しなければならないと言われていた頃です。
アン王女も記者会見の場面で、ヨーロッパ連合について記者から質問を受けて「友情を信じます」と述べています。これは新聞記者のジョーへのメッセージでもあるのですが、彼女の本来のミッションに対する正当な応えでもありました。
束の間の自由を満喫したアン王女は、ジョーへの恋心を感じながらも自ら宮殿に帰っていきます。そのきっかけとなったシーンが、祈りの壁。
欧州歴訪という公務にありながらも、それまでアン王女は本当の意味で自分の義務や責任を理解してはいませんでした。綺麗で若くて可愛い皇室のタレントとして、意味もわからず親善に取り組まされていたお人形さんです。
ところが、図らずも戦争で苦しんだ人たちの声を市井で目の当たりにしたことで「私は帰らなければならない」と決意します。
ジョーとの恋は、アン王女が自分の王女としての立場を理解したことで、清々しくも諦めるしかなかったのです。
舞踏会で靴を脱いでいた子どもが、鮮やかに王女として成長してローマを去っていく。そんな意味でも、ダンスシーンが効果的に登場するローマの休日。何度でも繰り返し見たい名作です。
さて一年間、本コラムにおつきあいいただきありがとうございました!
みなさま、良いお年をお迎えくださいませ〜
来年もおどりびよりを何卒よろしくお願いいたします!